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ヴァナキュラー・ツアー
連載

五島列島
潜伏キリシタン探訪

連載「五島列島 潜伏キリシタン探訪」の
第六回目は「江上天主堂_Part 2 / 忘れ去られた墓地と巡礼道」です。

Text : Daizo Okauchi / Photo : Shintaro Miyawaki
奈留島
奈留島
VOL.006

『江上天主堂_Part 2 / 忘れ去られた墓地と巡礼道』

天主堂を建てた先祖の墓

江上天主堂を散策していると、一人の男性に出会いました。天主堂の近くで生まれ育ち、今もこの地で暮らしているといいます。昔の話を尋ねると、男性はうれしそうに語り始めました。

「江上天主堂の麓には小学校があって、そこに通っていました。鉄筋の体育館もあったんですけど、解体して整地したんです。子どもの頃は本当に楽しかったですよ。鬼ごっこをしたり、基地を作ったりして、毎日のように遊んでいました。小学校の先生は宿舎に住んでいて、子どもたちに名前を付けてくれたり、風呂に入れてくれたりもしていました。本当にみんな仲が良かったです」

そう話す男性は、ご先祖の墓地へ案内してくれました。

撮影:岡内 大三
撮影:岡内 大三
撮影:岡内 大三
撮影:岡内 大三

丘の上にあるらしく、藪に覆われた急な坂道を登っていきます。男性は先頭に立ち、鎌で草や枝を払いながら道を切り開いてくれました。5分ほど歩いたでしょうか。たどり着いた先には、小さく開けた場所がありました。

そこには、十字架が刻まれた墓石がいくつも残されていました。墓石には「パウロ」などの洗礼名が刻まれています。没年を見ると、明治時代や大正時代のものに加え、昭和初期の墓もありました。

世界遺産の議論の時にも話したのですが、彼らはここで信仰を広げたわけではありません。潜伏せざるを得ない時代だったのです。
ですから、自分たちの信仰を深め、守り続けることが大きな使命だったのではないかと思うのです。
わずか4戸から始まった集落は、決して大きく広がったわけではありません。小さな共同体が維持され、その中で信仰が守られていきました。

江上天主堂を築いた人たちの墓が、このように人知れず残されていることに驚きました。
世界遺産登録の背景を語るうえで欠かせない人々の歴史が、静かに眠る場所でもあります。

男性の先祖は潜伏キリシタンでしたが、その後カトリックへ改宗したそうです。

「カトリックでしたけど、父や母はこの墓地で先祖に手を合わせていました。49日みたいなこともしていた記憶があります」

そう話したあと、男性は少し考え込むように続けました。

「外国だったら、そういうことはないかもしれんですね。日本だからかなあ」

では、墓参りではどのように祈るのでしょうか。

「花を供えて、手を合わせたりはします。
何かつぶやいていましたけど、決まった言葉というより、『来たよ』とか、『見守ってよ』とか、そんな感じやった気がしますね」

ある研究者の話では、ある家には足の裏に日月の印があるマリア観音像が伝わっており、その下には位牌が置かれていたそうです。位牌には戒名が記され、その裏には洗礼名も書かれていました。

禁教の時代を生き抜くため、人々は仏教や神道の要素を取り入れながら信仰を守り続けました。そして禁教が解かれた後も、その暮らしの記憶は完全には消えませんでした。

世界遺産が伝えようとしているのは、建物そのものだけではなく、その背後にある人々の営みです。そう考えると、この小さな墓地もまた、江上の信仰の歩みを今に伝える大切な場所なのかもしれません。

男性は最後にこう語りました。

「江上地区で生まれ育った住民は、もうほとんどいません。でも、私はここが好きなんです。思い出もたくさんあるし、これからも住み続けていくつもりです」

消えた巡礼道と、信仰の証

もうひとつ、忘れられつつある遺構があります。
それは巡礼道です。

江上天主堂のミサや行事には、かつて島外からも多くの人々が木造の小舟で訪れていたそうです。しかし、江上の湾は潮の流れが速く、船を停泊させるには難しい場所でした。そのため、宿輪(しゅくわ)という地区が船着き場の役割を担っていたといいます。

宿輪には御身堂(おんみどう)があり、島々からやって来た人々はそこでひと休みし、食事をとるなどしてから山道を越え、江上天主堂へ向かったと考えられています。

こうした道は単なる移動経路ではありませんでした。
祈りの場へ向かうために人々が行き交い、支え合った「信仰の道」であり、海を越えて結ばれた共同体の絆でもあったのです。

奈留島は古くから漁業が盛んで、魚の加工が行われる時期には島外から多くの人々が手伝いに訪れました。島々の交流は活発で、江上天主堂の存在はそうしたつながりをさらに深める役割を果たしていたのかもしれません。

しかし現在、その巡礼道は藪に覆われています。
奈留島の住民の中には巡礼道を復活させたいという思いを持つ人もいますが、高齢化が進むなかで、その実現は容易ではないといいます。

信仰の歴史を伝える墓地も、島々を結んだ巡礼道も、
世界遺産登録の背景を語るうえで欠かせない場所です。しかし、その存在は必ずしも広く知られているとは言えません。

藤原先生は、「建築物としての魅力だけで物語を閉じてはいけない」と語っていました。

江上天主堂が伝えようとしているのは、美しい木造教会の価値だけではありません。この地に暮らした人々が信仰を守り、海を越えて支え合いながら共同体を築いてきた歴史そのものです。

墓地や巡礼道に残された記憶にも目を向けること。
その積み重ねによってこそ、江上天主堂が伝える信仰の物語は、未来へと受け継がれていくのではないでしょうか。


筆者 : 岡内 大三

ライター / 編集者/ 映像制作
移民や少数民族など、社会的マイノリティーの取材を重ねている。単著に「香川にモスクができるまで」(晶文社)。HEAPSMAG、 KOTOBA(集英社)などの媒体にルポルタージュやエッセイを寄稿。近年は、ドキュメンタリーと身体表現が混然一体となった映像作品を制作。「知覚民話 / Inorino」(IDFF上映作品)「演奏で振り返る豊島不法投棄産廃事件」(瀬戸国際芸術祭2019DOMMUNE SETOUCHI)など。

撮影 : 宮脇 慎太郎

1981年香川県高松市生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、日本出版、六本木スタジオなどを経て独立。大学在学時より国内外への旅を繰り返したのち、2009年から高松を拠点に本格的な写真活動開始。辺境・辺縁で生きる人々や、マイノリティーが浮き彫りにする命の流れと聖性を追求。2022年にはリアス式海岸が続く南予沿岸地域を6年間撮影した『UWAKAI』を刊行。同年に初のノンフィクションとしてインドのゴアと屋久島、二つのヒッピーの聖地を旅した『流れゆくもの~屋久島・ゴア~』出版。2002年大阪芸大卒業制作展にてホースマン賞受賞。瀬戸内国際芸術祭公式カメラマン。2020年香川県文化芸術新人賞受賞。

公開日:2026.02.2

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